平成23年度大会 報告 [2012/04/01 更新]
平成23年度の民俗芸能学会大会は、まつり同好会の50周年記念大会と合同で、さる11月5日(土)、6日(日)、7日(月)の3日間、愛知県新城市の新城観光ホテルを会場に開催した。
大会は鷲野 正昭 大会委員長の開会あいさつ、穂積 亮次 新城市長の歓迎あいさつに始まり、基調講演、シンポジウム、研究発表が行われた。参加者は延べ181名(会員61名、同好会48名、一般72名)。
基調講演
講師:三隅 治雄 氏「早川 孝太郎と折口 信夫」
【要旨】
早川 孝太郎 年譜を提示し、早川 孝太郎(1889-1956)にとって柳田 国男(1875-1962)は恩師、折口 信夫(1887-1953)は学兄、渋沢 敬三(1896-1963)は擁護者であった。そしてそれぞれの出会いについて、恩師とは『郷土研究』の寄稿で認められ、大正9年恩師との共著『おとら狐の話』を刊行、この年恩師の示唆で郷里横山周辺の地狂言の調査を始め、その記録を『民俗芸術』などに発表。大正15年春、恩師から紹介された渋沢 敬三に地狂言の調査と花祭の記録も加えて一冊の刊行を話したが、花祭を徹底的に調べて書物にしなさいと励まされ、大著『花祭』全二巻の刊行となった。
早川 孝太郎 が折口 信夫 を知ったきっかけは大正11年、恩師宅で折口が天竜川の奥で座敷童子を採集したとの話を聞いたときで、同15年からは折口の書記として長野県新野の雪祭と愛知県三沢山内の花祭を採訪。早川は「折口さんは忙しいなかを一緒に三河から遠江と歩いてくださって」『花祭』後記で述べている。折口の早川への評言は「早川さんはただ一人の旅人として、村から村へ、木馬の道や、桟道を踏み越え、(中略)尋ね入って、思い鈍い口から、答えをむしり取るような情熱(中略)」と紹介された。
シンポジウム
テーマ「民俗芸能研究における早川 孝太郎 の業績」
パネラー:
伊藤 廣之、
春日井 真英、
久保田 裕道、
茂木 栄、
三隅 治雄
の各氏
司 会 :
髙山 茂
氏
伊藤 廣之
氏は「民俗芸能研究と行事伝承論 ― 神の“新たな誕生”とアトマツリをめぐって ―」と題して、早川 孝太郎 は昭和8年から同9年にかけて、雑誌『郷土研究』に「案山子のことから」にはじまる5本の論考を発表している。このなかで早川 孝太郎は「行事伝承論」ともいうべきものを打ち立てた。これは各地の年中行事や祭りを「形と行為」に着目して独自の視点から分析したものであった。これら一連の論考のなかで、早川は神の新たな誕生やアトマツリについて論じているが、これは民俗芸能を祭りから切り離して単独で研究するのではなく、年中行事や祭りと一体的にとらえ、そのなかで人々の民俗的世界観を追求しようとするものであった。
春日井 真英
氏は「早川 孝太郎 の残したもの」と題して、早川 孝太郎 の『花祭』は、この祭を見たり、調べたりするものにはバイブル的な存在である。細やかな多くの聞き書き、資料がそこに残されている。そのことは素晴らしい。だが、早川の業績は、この種の記録の範囲にとどまっていなかった。花祭、奥三河を考察するうえで、彼の『三州横山話』、『猪・鹿・狸』に記された動物をめぐる聞き取りの方が、かえって奥三河研究には有効なのではなかろうか。民俗芸能という視点だけでなく、奥三河という地域全体を俯瞰したとき、彼の残してくれた資料はもっと活きてくるのではないか。
久保田 裕道
氏は「『花祭』にみる早川 孝太郎 の地域芸能研究法」と題して、早川 孝太郎 の『花祭』は民俗芸能のモノグラフで、その特色は数ある花祭を体系的にまとめあげ、いわば一つのプロトタイプを描き出したことにある。限られた地域において重出立証法を用い、祖型を描き出したということもできよう。こうした手法は、伝承地域ごとに複雑な歴史的変貌と地域的差異とが入り乱れたこの花祭という伝承を理解するためには、この方法以外にはなかった。芸能を通して見る地域研究とはどのように行うべきなのか、早川の研究はまさにその典型を示していたと言えよう。しかし、早川以降、民俗芸能研究はそうした視点をなおざりにしてきた感がある。
茂木 栄
氏は「早川 孝太郎 の学問傾向の変遷と業績」と題して、大正10年刊行の『三州横山話』は初めての単行本の刊行であったと思われるが、その序の最後に「これらは、すべて聞いたままに記しておきました」との言葉で結んでいる。この言葉で思い出すのが、柳田 国男の創始した日本民俗学の最初の著作の一つと言われる『遠野物語』の序のなかにある有名な一言である。「一字一句も加減せず感じたるままを書きたり」と。早川は聞いたままを記したつもりであるが、わざわざこの一文をいれなければならない必然性が初めての刊行本に存在したのであろうか。しかも構成的な類似性は恩師 柳田 国男から受けた方法を守るために採訪記の範囲を出ようとしなかった学問の蓄積をかいま見ることができよう。
三隅 治雄
氏は、基調講演を補足するかたちで、『民俗芸術』に連載した早川の「地狂言雑記」の示唆を受け、折口論文「夏芝居」が導かれたのではないか。早川が折口の訃報を聞いたとき、夫人に「2、3日前、折口さんと汽車に乗ろうとして、ぼくが乗り遅れ、折口さんだけが行ってしまわれた夢を見た」とつぶやいた。
質疑討論
・伊藤氏の「行事伝承論」について
・春日井氏の『猪・鹿・狸』に記された動物をめぐる聞き取りについて
などを中心に行われた。
研究発表
林 和利
氏(司会は星野 紘 理事)は「豊橋・安海熊野神社蔵能楽資料の価値」と題して、同氏が平成17年に明治から昭和の初めまで、愛知県豊橋市魚町で使用されていた能面・能装束が地元安海熊野神社に残されていることを確認し、翌年から東海能楽研究会の部会、雲形本研究会が分析にあたっている。魚町で演じられていたのはどういう系統の狂言なのか、系統は時期によって異なるのか、実際におしえたのは誰なのか、どんな演目が好まれたのか、誰が演じたのか、などの諸事項について現時点での分析結果を発表。
鬼頭 秀明
氏(司会は小島 美子 理事)は「東海地方の一人立ち獅子舞」と題して、愛知県東浦町藤江と三重県亀山市関町加太北在家で伝承されている一人立ち獅子舞を取り上げて、前者は雨乞い、後者は先祖供養の芸能として伝えられてきた。これらは東北から関東に分布密度が濃い一人立ち獅子舞の西端に位置するものであるとし、それらの鹿踊りや三匹獅子舞とは異なる芸能を有する東海地方の風流獅子舞の例を紹介。
坂本 要
氏(司会は入江 宣子 理事)は「奈良県十津川村の大踊りからみた盆風流」と題して、同村の盆の風流踊りが京都から伝わり広く行われていた。現在は数か所だが古態を残して伝承されている。歌詞の一部に念仏が入っているので念仏踊りともいえる。盆の風流踊りは「洛中洛外図屏風」などに15、6世紀の様子が描かれている。十津川村の現行の大踊りは、踊りの様子、太鼓の叩き方、盆提灯の振りまわし方等が図のとおりである。太鼓を持ち手と叩き手に分かれて向かい合って叩くのは、三信遠の大念仏にもあり、注目してきたとし、広島県西部の「はね踊り」などを参考に盆・念仏・風流について論及。
中藪 規正
氏(司会は中村 茂子 理事)は「神田祭と花祭 文化庁助成事業のふたつの事例」と題して、神田祭を支える東京都千代田区鍛治町1丁目町会と愛知県北設楽郡東栄町御園の特定非営利活動法人御園夢村興し隊が、平成22年度地域伝統文化総合活性化事業を利用して地域の懸案解決を試みた。前者は事業を機にさまざまな動きが波及的に生まれ、後者は御園方式とでも名付けられるべき記録作成を行うなど、どちらも将来につながる成果をあげた。都市と山村で共通する課題、つまり申請書作成から現状までを報告。
伊藤 敏女
氏(司会は久保田 裕道 理事)は「『花祭』に至るまで ― 早川孝太郎の歩んだ道 ―」と題して、早川の生涯に亘って、その基底をなした原風景としての郷里・横山での生い立ちと幼少期から青年期までの出来事が、その後の民俗採集の原点ともなっている。『花祭』を著した民俗学者として知られる早川は、この書の調査・執筆中も画家として画壇に身を置いていた。画業を志して上京し、画家となった早川が、どのようにして民俗学への道に足を踏み入れることになったのか、そして、花祭への調査へと向かって行ったのか、大正4年初めて『郷土研究』に投稿してから『花祭』刊行に至るまでの道程を明かす。
山郫 一司
氏(司会は中村 茂子 理事)は「『大神楽』諸史料からみた花祭り ― 伝存する史料・史跡から創出者を推考する ―」と題して、民俗芸能は自然発生的に出現するものではなく、ある場所で、特定の人々によって工夫された芸能が、時代と観客の支持によって享受され、定着したものである。早川孝太郎の『花祭』は、花祭りの詳細に至るまで光を当てた優れたモノグラフである。モノグラフはあくまでもモノグラフであって、広い視野からの考察と、歴史的に遡行してその原像を探る作業を欠いている。花祭りで見過ごされてきた原形である大神楽を、伝存する大神楽の諸史料から吟生法印に注目して花祭りの成立を解明。
質疑は略
民俗芸能見学
・身平橋のはねこみ
・大海の放下
・鳳来寺田楽
・黒沢田楽
・田峰田楽
第5回本田安次賞贈呈式
平成23年度の本田安次賞は該当なし、本田安次賞特別賞は
まつり同好会
に決定。また、本田安次賞「該当なし」を受け、例外として本田先生のご出身地であり、震災被害の大きかった福島県の民俗芸能復興に賞金を役立ててもらうことになった。贈呈先は、福島県の現状に精通される懸田 弘訓 氏にご相談の上、神事の継承団体である「大國魂神社氏子会」に決定した。この措置は本田先生のご意志にかなうものと信じる。
・受賞者および選定理由の詳細は
こちら
以上
お問い合わせ先
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